エネルギー理論 挫折感(酸化)はエネルギー⑻

常に相反的、排他的なものの見方をすると

白か黒か、正しいのか正しくないのか、敵か味方か。
いつも敵をつくり、敵がいることで自分の存在感があると考えます。
(隣の国みたいに⋯)そうなると⋯
自ら相対で摩擦を生み、その摩擦熱が妄想、心配のタネが湧き出て来て、
いつもイライラして不安で憂うつになります。

でも⋯そういう人は
味方の時は好感が持てる良い人ですが⋯
一旦、敵になると手のひらを返したかのように豹変します。
要注意です^_^;

自ら相対で摩擦を生まないためには

相対で戦わないことです。それは⋯

右か左か⋯右でも左でもない、どちらでもない考え方もある。

正しいか間違っているのか⋯そのときは間違っていても
後に正しかったと言われる事もある。

敵か味方か⋯敵に見えても見方を変えると
敵は自分を構成してくれる成長因子にもなります。

順調か逆境か⋯
逆境こそが重要な成長因子で順調な時の方が危ういのです。
逆境は「このままではダメだ」と必死で考え、多くの学びを得ますが、
順調な時は心配も無いため「そのままでいい」と思ってしまい安心してしまいます。

二つ(相対)を一つとして考えるのが「ゆらぎ」


不二一体の思想こそが、自らの心の中で敵か味方をつくらない
そうすれば摩擦熱も起きませんし、心配事も起きたら起きたで改善のタネになります。
そう考えられるのが「ゆらぎ」というものです。
そして今の世の中は「ゆらぎ」によって創られています。

続く⋯

【不二一体の思想】とは⋯一つに見えるが全ては二つで出来ていること

エネルギー理論 挫折感(酸化)はエネルギー⑺

「ゆらぎ」そのものがエネルギー理論


「ゆらぎ」ってなんですか?と聞かれます。
残念なのが「ゆらぎ」は奥が深くて一言で説明出来ないことです。

ゆらぎとは科学用語です。

「ゆらぎ」は0と1が交わり0から1になる。
+と−が交わりエネルギーが生まれる。
段階が変わる。無から有になる波動、波と言えます。
混沌、カオスも「ゆらぎ」があるとまとまり洗練され混沌から秩序に向かいます。
うーん⋯難しいですね^_^;

「ゆらぎ」は相対のどちらにも偏らない

「ゆらぎ」は相対の中間にあって、それが無いと
「白か黒はっきりさせよう」
「絶対それはあり得ない!」
「私は悪くない!悪いのは向こう」
「こんなに頑張っているのに認めてもらえない!」
「世の中が悪い!おかしい!」など偏りあそび、余裕がありません。

あそび=「ゆらぎ」です。

あそびが無いと車も飛行機も電車、家もビルも強度を保てません。

人間も関節にクッションの役割を持つ軟骨と関節包があり、
あそびの役目をしているため衝撃を吸収して怪我の予防するのです。

心にもあそび=「ゆらぎ」を

白黒はっきり。右か左か。正しい正しく無いで決めつけるのは
あそびの無いハンドル、アクセル、ブレーキの車を運転するのと同じで、
考え方が常に急ハンドル、急発進、急ブレーキです。

常に相反的なものの見方で、白か黒か、正しいか正しくないのか
いつも敵をつくって戦っています。
そうなると⋯自ら相対で摩擦を生み、その摩擦熱が妄想、心配のタネとなり
いつも不安で憂うつです。

「ゆらぎ」があれば戦いませんし、新たな気づき、閃きを得ます。

長々とすみませんm(__)m
それくらい「ゆらぎ」は深い!続く

エネルギー理論 挫折感(酸化)はエネルギー⑸

「ゆらぎ」の大切さ

「それはありえない!」
「合わないものは合わない!」「嫌なものは嫌」
「右は右、左は左!」
「白かか黒か、はっきりさせよう!」と言っているうちは
「ゆらぎ」はありませんし、何も生まれません。
何かが生まれる時「ゆらぎ」があります。

ゆらぎは科学 全ては科学(化学)反応

我を張る。我を貫くこと。一歩もゆずらない。
自然界でいうと対応力が無いということで滅びていきます。

相対の間にあるもの 「ゆらぎ」

0には、いくつ×かけても0は0と数学で習いました。

生活に置き換え
0を経験が「ない」 1は経験が「ある」
経験無し0か経験有り1かは大きな差です。
同じ経験を1回してるのか2回してるのかの差の
違いもあるとは思いますが
「やったことがある」「やったことがない」
「見たことがある」「見たことがない」
「触ったことがある」「触ったことがない」
というように0と1の差の方は途方もなく大きいのです。
その大きな差は
そこに「「ゆらぎ」があるのか、ないのかが関係します。
0から1の間に「ゆらぎ」
「ゆらぎ」があると0を1に出来るのです。

電源スイッチのように人にもスイッチがあります。
電源スイッチのマークは0が1になる瞬間を表したものです。
未経験から経験するとき
何でも初めてやる事には緊張します。
緊張と不安で喉が渇き汗が出ます。まさに酸化です。
でもこの状態が続くことはなく解消して還元します。
酸化と還元を繰り返すと段階が上がり緊張感が心地良さに変わり
酸化を還元に替える、酸化をエネルギーに替えるスイッチが出来るのです。

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑻

心の栄養とは

体の栄養は、体を作っているタンパク質、脂質、ミネラルですから
身になるような食べ物をバランス良く摂ります。
では心が豊かになるための栄養素とは⋯?

「良かった」と思えることを繰り返す

幸せを感じるときは、
不安から安心したとき
不快から快適に
不満から満足に
ストレスを解消できたとき
分かり合えなかった人と分かり合えた
理解してもらえたとき
問題を解決したとき「良かった」と思います。
この時に心で幸せを感じます。
科学で云う酸化を還元したときですね。

この時、酸化と還元の「落差が大きいほど」喜びが大きく質も高いのです。

「幸せ感が心の栄養」

酸化が強いほど「良かった」と思えて
喜びも大きく、質の高い幸せ(還元)を感じるのです。

ですから酸化が無いことは、幸せも感じ無いということになります。
「良かった」が当たり前になっていて、すぐに忘れてしまうような
質の低い幸せ感は、酸化が無いのです。
これでは心の栄養にはなりません。

相対の法則


この法則が本当に理解できたら
還元を求めるなら、それと相応の酸化を喜んで受け入れる
ことができるでしょう。

続く

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑹

真面目過ぎると恕(ゆる)しが無くなる?

もし世の中に「ゆらぎ」が無くなったら
現代がまさにそうで、信じられないことが起きています。
テロ、宗教戦争
身近な話では自分の勝手な価値観を押し付けるクレーマー
最近の運動会では、平等主義かけっこに順位をつけてはダメだという教育者

笑い話しですが本当にあった話

ポーランドの地方で、クマのプーさんはパンツをはいていないから、半裸わいせつ物として
放送も出版も禁止になったとか(笑)

伝統であるスペインの闘牛も動物愛護団体からの反対で2012禁止になり
今では本物の牛ではなく、牛の張りぼてで闘牛ショーになったそうです。

合わないから排除する 無くする ゆるさない!

とにかく「ゆらぎ」という考え方、価値観がなくなると
「確かにそうだよね」「そういう考え方もあるよね」が無くなります。

「白か黒かハッキリしよう」「その考え方はあり得ない」
「それは認めない」「排除します」のように
相対が無いから「ゆらぎ」がありません。

「ゆらぎ」がないといずれ滅びる

常に変化していることが自然界の法則です。
変わらないこと(信念)は変わり続ける事です。
私たちの体は60兆個の細胞のうち
1日約5,000億個の細胞が新しく入れ替わる事で
体の機能を維持しています。
体も常に変わらないと酸化し続けます。

続く

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑸

Multi-ethnic girl enjoying the warmth of a sunset

自分に対してゆるすこと

「許す」というと、どうしても「他人への許し」と他に向けられがちですが、
自分に対して気付かず
「許し」を与えていないことがあるのです。

自分を後回しにする人

「私はいいから、」といって自分を後回しにする人がそうです。
これは明らかに自分を大事にしていません。

体に対する非共鳴のメッセージ [自己否定]

今は出来ない。
落ち着くまで⋯
そうは言っても⋯
忙しいから⋯
子育てでそれどころじゃない。
仕事か遅いから出来ないなど
「だから出来ない」とは外部のせいではなくて
実は「自分なんかが、やってはダメ」と許可を与えない
許していないのです。

ひどい肩こりや腰痛も
「自分への許し」がないことが関係しています。
やってはダメ「自分はそれに値しない」ことと「自己否定する」ことは同じですから
常に非共鳴を体に与え筋肉も強張り硬くなります。
思い当たることはありませんか?

やがて自律神経にも影響してバランスを乱します。そうなると、
自然治癒力も弱まり、回復力も落ちてうつ病にもなりやすいのです。

やってもいいと自分に許可を与える。許すことで(何でもありはダメですが)
自分を大事にしてあげましょう。
これによって「ゆらぎ」が働き体が変わりだすのです。

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑷

心と体のバランスで自然治癒力を高める

体は本来、完璧ですが、それをそうでない状態にしているのが
私たちの心、考え方、性格です。

本当に恕(ゆる)し[一切を包容して進歩向上させようとする働き、心]ゆらぎを理解出来たら病気もうつ病も予防出来ます。

Multi-ethnic girl enjoying the warmth of a sunset

身体(心と体のバランス)に「ゆらぎ」を

「ゆらぎ」とはは良い状態に至る「波」動きです。
二つ(相対)「交わり」新しい何かが生まれること。
そして
柔軟なのに強硬。
正確で融通がある。
繊細で緻密、
いい加減でちょうど良い加減(良い感じ)という「あそび」恕(ゆる)しなのです。
心と体のバランスがこうだと良いですね。

「波」「交わり」「あそび」「ゆらぎ」があります。
これが心と体で出来ていたら、これこそ最高の癒やしです。

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑶

ゆるしはあそび 科学[工学]


車のハンドル、アクセルとブレーキ、飛行機の翼、電車の線路の継ぎ目(道路も)、家、建造物全般に「あそび」が使われています。

車のハンドルに「あそび」が無かったら、高速で走行した時にちょっとしたハンドル操作で車が思わぬ方向へ行ってしまいます。
アクセルもブレーキも少し踏んだだけで急発進、急ブレーキになります。

飛行機の翼も本体にきっちり取りつけられていません。風の抵抗に対して工学に基ずいて、風の抵抗の薄い高度1万mまでは飛行機全体が風速何百mに耐えられるだけの本体と翼に「あそび」があって機体の強度が保たれています。

線路、道路の継ぎ目も家、建造物も温度や風や地震の揺れに対して工学に基ずき必ず「あそび」が使われています。

何でも寸法通りにきっちりつくられると、
ちょっとした衝撃やストレスで崩れてしまいます。

工学に基ずいた「あそびとゆらぎ」は共通

私たちの体のつくりも「あそびとゆらぎ」で出来ています。

衝撃を吸収するため関節の間にクッションの軟骨や椎間板があり、
関節包があって、その中に滑液という液体が関節を滑らかに動かすようにつくられています。
全身の関節の数は265個あり「あそびとゆらぎ」で体は機能し守られているのです。
そして
心にも同じ「あそびとゆらぎ」があることで保たれています。
続く

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑵

自信 自分への信頼 ゆるし

動けない人(動かない人)は行動して失敗する恐れがあるのと、自信がないからです。
自信とは自分に対する信頼です。

自信がないというのは自分を信頼していないことになり、
「どうせやってもムダだよね」
「自分なんかに、やらせてもダメにしちゃうよね」と言っているのと同じです。
このままだとどんどん酸化していきます。

動いてみる 小さな行動(酸化)から

Man Walking up Ladder to Clouds

いきなり大きなことから始めるのではなく、失敗しても構わないくらいの
小さな行動(酸化)から始めてみます。
動かない人は
変化を恐れていることと、人にどう思われるのかを恐れます
でも⋯
実際にやってみて、どうだったかというと
恐れていたことは大した事はない思いこみだったと気づきます。
この気づきこそが「ゆらぎ」です。
「ゆらぎ」とは「一切を包容して進歩向上させようとする働き、波長」です。

何かを決めて(思考)、やってみる(実現になる)
酸化と還元を繰り返します。すると「ゆらぎ」が起きてきて段階が上がる 瞬間がきます。
この繰り返しで自分への信頼が高まるのです。

同時に「自分に対してのゆるし」で「ゆらぎ」も高まります。

恕(ゆる)しは「ゆらぎ」⑴

自分への自己肯定感 恕(ゆる)しは「ゆらぎ」

恕の精神とは「一切を包容して進歩向上させようとする心」

自分を許せている、自分を認めていると自己肯定ができるので、
やりたいことをやってみる。
今までやったことないことにチャレンジしてみようという意欲が湧いて来ます。

まずは行動 実行する!

動けない人は
「自分を許せていない、認めていない」から
自分のやりたい事を「許可を与えない」という事になるので行動に移せません。
これは多くの人が気付かずやっているのですが、
自己否定感で「自分なんかがやってはいけない」と無意識に思い込んでいます。

なぜ行動するのか? なぜ行動しないのか?

実は行動に移す人も、行動に移せない人も理由は同じなのです。

行動に移す人は、「今、行動しないと後悔する」と考えます。
対して行動に移さない人は 、
「行動して失敗したら後悔する」と考えます。
どちらも危機感、恐れという酸化です。

前者の行動に移す人は放っておいても勝手に行動しますが、いつまでも後者は動きません。
「ゆらぎ」が起きないのです。
失敗したら後悔する⋯そうではなく
失敗しないと成功しない。成長しないのです。
自分をゆる(恕)すこと⋯深いですね

続く