「自分が自分のセラピストになれる」

敬意互恵の法則 

「人は自分に敬意、関心を向けてくれる人に好意を寄せる」これが敬意の互恵性です。

逆に顔も名前も覚えない、何をやっているのか、
どんなことを考えているのか聞きもしない、
相手にもしない、挨拶もしない人がいたとしたら、
その人に好意を持てるでしょうか。
私は無理ですね。

でも多くの人が「体の働き、機能」について同じことをやっているのです。

私たちが
日常で起こる出来事に対して真理に沿って解釈(分解、解毒)できたり、
他に与える廻し向ける(循環)、古い考えを改め、新しい考えを取り込む(代謝、吸収)
いるもの、いらないものを分けて捨てる忘れる(排泄)
ことができたらどうでしょう。

これは体に対しての「ゆらぎ」共鳴なのです。

肝臓は分解、解毒の機能

を担っていますが、体の主人である私たちが日常的に心で
深く考えない、
正しく捉えない、
相手の真意を曲げて捉える、
単に怒るなどすると
肝臓の「ゆらぎ」の力が弱まります。

心と体の相対で「ゆらぎ」ではなく非共鳴が起きてしまうからです。

肝臓の例をあげましたが
本来、体は大自然と宇宙の法則に従って働いているため完璧なのですが、
それを邪魔しているのは私たちの心なのです。

肝臓が何を私たちにしてくれているのか労(ねぎら)ってあげましょう。

分かってあげる、理解してあげる、感謝してあげる(できれば声に出して)

それをすることで「ゆらぎ」が働きだします。

同時に肝臓がやっている機能と同じ分解、解毒、正しく解釈することを
行っていくと肝臓と「同調」したことになり肝機能が高まるのです。

心臓、血管も休むことなく働き続けてくれています。
ある心臓病の患者に、
毎日数分胸(心臓)に手をあてて「心臓さん感謝します」
声かけを3か月、実践させたところ、
心臓病が完治したばかりか血管の状態までが改善されたといいます。

これこそ「敬意互恵の法則」です。

私たちは体に「やってもらう」だけです
「やってあげられる」のは
分かってあげる、理解してあげる、感謝してあげるの労(ねぎら)いの思いなのです。

それができれば「自分が自分のセラピストになれる」のです。