すべては『ゆらぎ』から リラクセーション業界発展のきっかけ

1995年代は整体師独立ブーム

「整体師として独立できる」という広告が頻繁に新聞や雑誌に掲載され、整体師養成の学校が名古屋だけで多いときで20近くありました。
私が平成6年に設立した全国整体師療術学院もその一つでこれまで輩出した整体師、セラピストは関連したところを合わせると総勢1,000名近くになります。何でそんなにも多くの整体師を養成できたのか。

当時は、あはき法(あんま鍼灸規定、医療類似行為関するコンプライアンス)が厳しく整体師が体をほぐすのでも、親指を使ってはダメ、「マッサージ」という言葉を使ってもダメ
体をほぐす行為そのものも厳しく縛られていて、相当な抵抗と反発がありました。

ではサウナでのマッサージはというと「サウナ健康士」というサウナ協会では権威のある許認可の資格(国家資格ではありません)があります。サウナ業界では国家資格を持つマッサージ師でもサウナ健康士の資格を持っていないと、サウナ施設でのマッサージはできないというルールがあったくらいです。

とはいえ体の疲れをとって欲しい人が多くなれば施術者も必要とされますし
資格の有無より満足を与えてこそ価値があることなので、

あはき法規の
「親指を使った圧迫の禁止」「按摩類似行為の禁止」「マッサージの名称を禁止」
することなど効力が効かなくなっていきました。

というより私たち整体師が新たに「リラクセーション業」という業種を認知させたのです。その先駆けになったのがスーパー銭湯内の「リラクセーションコーナー」でした。

スーパー銭湯発祥は愛知県で、当時はどこもマッサージはやっていませんでしたので、サウナ、健康センターにもあるのならスーパー銭湯にもあっても良いのではと考え、
営業してスーパー銭湯の施設内に日本で初のリラクセーションコーナーを出店しました。

「リラクセーションコーナー」としたのは「マッサージコーナー」では絶対に
クレームが入ると考え、思いついたのが「リラクセーション〇〇」でした。

そこからリラクセーション整体、リラクセーションサロン、そして現在リラクセーション業界へと発展し認知されてきました。

スーパー銭湯内のリラクセーションコーナーが大当たりして、3年で東海三県で28の施設と契約するまでになりましたが、それまでに保健所へのクレームの通報で何度も保健所に呼ばれ足を運びました。

誰が通報するのか、それは、それを良く思わない既存の按摩マッサージ師です。そこからかなり強い反発がありました。

「資格を持っていないヤツにマッサージをやらせてお金をとっている」「違法じゃないか」
中には直接来て「お前資格無いだろう」言って来たり、私にも「資格の無いヤツにマッサージをやらせてどういうつもりだ」と電話で罵倒されたこともあります。

確かに施設で使っていたのは整体を教えていた私の生徒でしたから、資格を取ってベテランでやっている先生がたからすれば許せないことだったでしょう。

とは言って もリラクセーションが大きく発展していくのを誰も止めることはできません。
このように何か新しいものができるときに、必ず正と負の相対があって吸引と反発があります。

大きくなれたのは大きな抵抗(反発)があったからです。反発があれば必ず吸引が働きます。

科学では相対が交わり、吸引と反発、+と−のどっちとも属さない状態を『ゆらぎ』といっています。
ゆらぎは量子である電子の状態を整えている状況や、乱れた波(振動)を非共鳴から共鳴にしている状況に向かうことを指します

現在、リラクセーション業界はまさに混沌としています。しかし混沌(カオス)も実はゆらぎなのです。
そう考えると、このリラクセーション業界は悪い方にも良い方にも向かっていない
『ゆらぎ』という新しい方へ生まれ変わろうしている段階ではないかと見ています。