「何とかしたい!」という「あきらめない」こと

「何とかしたい!」「まぁいいか⋯」について以前
世の中が便利になったのは、「何とかしたい!」という
多くの人の不満や不足(酸化)を解消(還元)するため
研究者や開発者のあきらめない思いが物質化して今がありますよという話をしました。

これと矛盾してしまいますが
「まぁいいか⋯」というあきらめることも、実はあきらめないことと同じくらい大事であることをお話しします。

最初に立てた目標が正しいとは限らない

やって行くうちに新たな気づきを得ることがあります。
これは考え行動して得た光明です。(まさに「ゆらぎ」です)
でも最初に、やろうとした事と違うから⋯と言って
我を通す。意見を貫くと、返って上手くいかない事が多いようです。
私も経験があります。この場合「あきらめる」ひとまず自分を横に置いてみる決断も必要ですね。

あきらめた結果、何かが生まれる 何かを得る

仏教の高僧が言っています。
上手くいっている時は何かをあきらめたから
上手くいかない時は何かをあきらめていないからである。

確かに⋯こだわり、固執、執着
物事をややこしくしたり、難しくして上手く行かなくしているのは
、私の、が原因かも知れません。
「俺がやらなきゃ誰がやる!」の我を通すより
「俺がやらなきゃ皆がやる」の相対のバランスが大事です。

「あきらめない」と「あきらめる」のバランスは
奥が深い⋯続く